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追って熟す

珈琲を淹れてストーブを焚いて部屋を温める。準備が整ってさあどうぞ!と言わんばかりに起こしてくれる主人に、この季節相当感謝している。私は朝が苦手。今朝は電話で起こされて音に驚くも、めざましより一番シャキッと起きた気がする。AM5:30のこと。

11月から朝の時間を活用することにしたこと、blogもぼちぼち再開するかと、なんなら2年半止めていたInstagramも再開してみる。

理由を聞かれたとすると、気が向いた。というシンプルな心境。人との繋がりを意識はしているけれど、どうしても手軽なツールでのやり取りは、私自身の人間像がベールに包まれていく気がしていて、毛嫌いしてる。それと、考え過ぎて返事が遅い。ぐるぐる頭の中でテキストが回ってしまうのだ。丁寧でこだわりの強い一面もあれば、茨城生まれ水戸育ちだけれど、江戸っ子気質な性格だって持ち合わせてる。お祭りしすぎて家族に怒られてしまうときもあるのです。

イメージが先行されて付き合うことが、もしかすると苦手なのかもしれない。だからこそ、電子活字でのやりとりを最小限に抑えたいのは、今も変わらずな本音だったりする。ただでさえ、報連相が重要視される社会や時間軸、私ひとりくらいが邪道者でもいいのかな、と。なんだか古臭い古典的な自分と、今の社会との塩梅を飲み込むのに、ゆっくり時間をかけさせてもらった気がする。

変わらず宿泊予約は電話がいい。口調などでコンディションがわかりやすいし、なんとなく私の中の近さの定義が声。私自身、母とラインやメールはしない。用がある時はもっぱら電話か、実家に様子を見に行くかの二択。年々老いる母だけど、母の声はいつだって安心する。土螢という場の産みの母として、旅人の声を電話で聞き続けられたらいいな。

今週は初めての” 若菜摘み ”さんへ足を運べた。とっても大切な友人となかなか会えなくて、気づけば半年。時間に飲まれていた夏の終わりから秋の入り口までの期間に自らピリオドをうった。自らというよりも、友人のお陰。後にわかったことだけど、この日11月5日は牡牛座満月の日だった。終わりはじまりのエネルギーが満たされるこの日、ピースがハマったかのように全てが一致した。

腸が喜び、脳は凪のように穏やかになって、鼻から通る空気も、私を纏う気も、満遍なく心地よい。心が優しくなれる食。わたしも、原点のような軸のようなポイントに戻ってきて、澱む時間も、岩に当たり砕ける時間も、流れに身を任せて流される時間も、万物に意味があるなぁ。と思った日だった。

自分にとって心地よかったり、何か思い出したり、方向転換したり、漲ったり、そんな場所を、また見つけてしまいました。ご褒美のレパートリーが増えてく、増えてく。

水戸を訪れる機会があれば、とてもおすすめなお店ですよ。次は、家族を引き連れて伺います。

ご馳走様でした。そして、ありがとうございました。

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