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春風とともに

寒さ暖かさが入り混じるこの頃。私も新たな新生活と共に、変わらず各地からお越しの旅人たちと春の夜を過ごしています。

綴りが後回しになりがちなこの頃、私たちの暮らしがまた新たに動き出しました。ニュージーランドとから来てくれた留学生との共同生活が始まったわけです。

彼女はニュージーランドに伝わるマウイのスピリットを携えて私たちのところへやってきてくれました。文化や歴史の違い、逆に似ているところや言わずとも理解してくれるところ、色んなことを互いに共有した一週間でした。

この一年で色んなことを私たちも、彼女もたくさんのことを経験します。まだ数日ですが、日々土螢で出会う旅人たちが、彼女のことを愛らしく・愛おしく感じてくださっていることに心から感謝しています。

10代という貴重な時間の中で、我が家で過ごした時間が濃いものであったら嬉しい。今年の旅路の中で携わる方々、どうぞ新たなわたしたちの家族をよろしくお願いいたします。

【赤子のように果敢に攻める】

言語というと、島国のわたしたちは日本語のカードがとにかく強いですね。

先日、数年前に土螢に住んでいたアメリカ出身のマリアとニュージーランド出身のまあちゃんが英語で話し合っているのを見かけてすごく不思議な気持ちになりました。国が違う、文化も違うのに、共通言語で話せるっていいなぁ!!

日本でも関西弁・東北弁・標準語とイントネーションが変わるのと同じように、国柄で発音や表現も違うそう。そりゃそうだよなぁ。と考えながらも、わたしからすると英語はただの英語でしかないわけで、微妙な変化には未だ対応できません。

流暢に話す担当は主人なのですが、春休みの今時期、日中はほとんどわたしと娘と3人きり。食事や暮らし面のことで話し合わなければならなくとも、なんとなく通じているのかどうなのかよくわからない。そんな時間を過ごしながらも、ひとつだけ自慢できることがあるとするならば…

中学生レベルの英語力とボディランゲージ・表情で果敢に彼女の意図を汲み通ろうとする精神。不思議昔から恥ずかしいんです、っという気持ちが全くないんですね。きっと沢山間違っているだろうし、伝える誤差も沢山あるのだけれど、伝えたい気持ちと汲み取りたい気持ちだけは、一丁前に最強な訳です。

そんなことを思っていたら、先日友人がお子さんと一緒に土螢へ立ち寄ってくれました。一歳半の男の子。まだあーとか、うーとかのレベルでお話してくれるのですが、ちゃんとわかる。怒ってるとかイラついてるとか、悲しい、痛い、食べたい、おかわり。ちゃんとわかる。

そして恥ずかしさは微塵もなく、歩いてはボールを投げる、お椀を頭にかぶっておちゃらける、など人を笑わせることだって容易にできるわけです。

これだわ、これだわぁ。と妙に納得してしまいました。もちろん言語力がアップすることに越したことはないのですが、とにかく七転び八起き果敢に攻め込む赤ちゃん力で、日々ルー大柴のようなモードを捨てきれない私が、彼女の留学のサポートをしているって、なんだかほら、笑えてきます。

話せないことに焦りはなくて、なんかよく分からなければとりあえず寄り添ってそばにいます。なんとなく不安でもそばにいて、とりあえず温かい飲み物を飲んで、たまに目が合えばウィンクします。こんなに適当なのに、すっごく心が温まっていて、あなたがどんなあなたでも、最高だからね。っていつも心で唱える、そんな毎日です。

彼女はまだ数日ですが、なぜ日本に来たの?将来の夢は?と来る人会う人に質問攻めにあっています。これは仕方ないですが、みんながティーンに聞きたい定番ですね。笑

その流れでわたしたちにも夢は?と聞かれ、不意に考えていたところ、夢・夢・夢…夢はゲストハウスをやること・ホストファミリーとして世界中の子供たちのお手伝いをすること。10年以上前に掲げたこと、きっちりクリアしているわけなんです。

わたしは”夢は土螢を営むことで、今は夢で描いたことの真っ只中にいます。”と答えました。

無論、なんでもそうですが大変なこともあるけれど、大変と思わないほど苦労が楽しかったり、充実していることにも気付きました。やってみて、やっぱり違うとか、やってみてこれはいい!とか、自分の感覚を頼りに進んだ10年ですが、遠回りでも掲げたこと、目標を見失わなかったことは財産だなあと心底思っています。

やりたいこと、やってみたいことはまず挑戦してみる。失敗がいけないことと思うのは、つまらないです。失敗するから面白いし、道が開く。そもそもそんなに知能が高いとか、人より長けているなんて思ってもいないので擦り傷切り傷・失敗が怖くない。登るしかない精神ですね。

10年後の未来をどう想像しても、私はひたすらにおばんざいを作りまくり、旅人に飯を食わせ、良い睡眠を取らせて、庭で自給自足し、好きなものや人に囲まれていること。しか想像できていません。たまに娘や主人の予定につき合い、年に一度くらい国を抜け出すも、早々と日本に戻ってくる。死するときは土へ還ること。

きっとこうして今触れ合っている人々の家族が出来て、報告を受けて、日本の不思議なおばあちゃんになっていることが楽しみでしかたないのです。

今はまだ私は赤子のような語彙力ですが、きっと世界中にいる孫たちとは会話できるくらいにはなっているでしょう。

そんな夢を考えさせてくれたのは、ここへ来てくれた彼女たちのお陰様です。

右も左もわからず、この国で一年を過ごすと決めたティーンのエマ、ありがとう。心から尊敬を込めて。

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