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2025.11.7手合わせて

今朝は5:00起床。少し早めに家を出て清々しい時間を、共に過ごしませんか?と誘って頂き、活力ある話の中で新鮮な朝のスタートを過ごした。お久しぶりの顔ぶれにも会えたり、行動してみてよかった。

その朝、思ってもみなかったが、先祖供養や心持ちの話を聞いた。ここ最近意識が遠かったことを気づかせてもらった。お彼岸参りや、お盆、年末の墓掃除など、年間で4.5回はお参りへ行っていたものの、行事化していて本来である、亡き人を想うことや、見守ってくださってることの有難み、そして、そちらの暮らしでもどうか健やかに過ごしてほしいです。といつも想っていることを、伝え行動することが疎かになってたと思う。
宗派や決まりとか、そういう話ではなくて、私たち家族の心の保ち方、あり方。今のこの生き方で、足元がちょっとやそっとのことで揺らがないことも、笑ったりちいさな幸せを感じたりと、豊かさを味わえてることへの感謝を。
すぐに足を運ぼうと、娘を見送ってからの午前中にお墓参りをして、穏やかですっきりし、目に見えない世界のことだけれど、日々守られていることを確認できた日だった。
もし、私の綴りを読んでピンときた方は、墓まで足を運べずとも、先祖を想い手を合わせることだけでも、バトンを繋げられたら嬉しい。
そうやって気づきの循環をするために、文字を起こした。やれること、できることは、なるべく手間をかけて丁寧にやっていこう。まっすぐ正直でいよう。
ありがとうございました。