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2026.3.6想われ想う雛祭り
節分から体調がぐずぐずとしていた。お雛様を出すタイミングが逃して、そろそろ出そうかな…と先延ばしていた頃。
ふらり実家に帰ると、両親は、雛人形を飾り、ぼんぼりに灯りを灯し、桃の花を玄関に生けて、今年も待っていてくれた。結婚して姉も私も家を出ているけれど、30年以上変わらない。母手作りの雛人形は会津の漆工芸の三枚折屏風と組み合わせて、団欒のリビングに。青磁器の飾り雛は、玄関先に飾っている。
節句の中でも雛祭り、お雛様は、女の子を育てる親として、節目のようなもので、両親にとって大切だったんだろうな。と想われる立場であることに、有難いと気づく。
忙しさの中で、少し気持ちが後回しになっていた。女の子を育てる、邪気を払う、健やかさを願う。当たり前だけど、いつだって願ってる、大切なこと。なにより幾つになっても、子供の幸せをひっそりと見守ってくれている両親の背中を見て、私も親にしてもらうように、娘への雛祭りを祝うことができた。今年で10年になる我が家の雛人形は、変わらず凛とした佇まいで、美しい。両親が孫に贈ってくれたものだ。

継いで行くことは、こうした気持ちを紡いで行くようなものだ。私が親の背中を見るように、娘もまた私たちからもらった記憶を、紡いでいくのかもしれない。


鯛の頭を炊いたり、寒い日だったので湯豆腐、まめになるようにと、豆料理を考えるも、水戸に住んでは納豆だよな。と、普段の納豆に刻み牛蒡を和えた。牛蒡のように真っ直ぐ根を伸ばしてほしい。料理に想いを乗せる願掛けのような和食は、おもしろい。いつもの食卓に少しばかり華やかさを添えて、食卓を囲んだ日。
雛祭り、おめでとう。