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ふたりひとつに

桜満開、朝散歩日和の子の日。とあるふたりが旅をしにきてくれました。

これからご結婚というお二人。大切な報告も兼ねての今回の旅路は、私たち家族にとってもこの上ない幸せな話。

日暮れと共に始まった夕食でわたしは5年ぶりくらいに、自分達の結婚式を思い出そうとアルバムを引っ張り出してきた。あと何日何日、と数えながら式の準備を進める二人を見てとても懐かしく思った。

若く青々とした若葉のような自分達。この頃から比べて、喧嘩が増えたね。って笑い合うわたしたち。

結婚式の準備というのは、俯瞰してみると凄く面白いもので夫婦の在り方みたいなものがじんわり出てくる気がする。たった数時間のお披露目会だけれど、その数時間が人生の中で色濃く残る1日となるわけで。準備の忙しさや、パートナーとのありかたも今となればいい思い出の一つに。

ふたりがひとつになることを、凄く嬉し愛しくおもいながらも、話題はリアルなところへ。

【喧嘩という名の想い合いと譲り合い】

先程、喧嘩が増えた話したこと。私と肇さんはお付き合いする期間が約2年ほどあった。お互い仕事をしていたし、社会人としてであったのでそれぞれのプライベートや趣味もあり、お互いの予定をそれとなく崩さないように、時間が合う時に互いの話をして今こんな感じでと近況報告する毎回のデート。

ある一線は越えない、からゆえに話し合いはあるも、喧嘩という喧嘩はほとんどなかった。

婚姻届を出した一週間後に娘のせんりを授かったことを知って驚いた。そこから新婚生活よりも、妊娠生活が始まった。ガラッと世界が変わって、私自身も心の準備もないところから母になる覚悟で、より意志が強くなっていったと思う。

娘が生まれてからは、小さなことで喧嘩が増えた。喧嘩という漢字はまさにその様子を表しているなと思うけれど、口で宣言して、口で華やぐと書く。火花散るなんて言葉もあるけれど、突発的に出る言葉や感情は見方を変えれば、ある意味華やかだと思う。

今年結婚8年を迎えても尚、小競り合いしているわたしたち。ただ、仲はとてもいい夫婦だと思っている。唯一無二の親友といったところ。譲れないところをどうにか譲り合って、まるっとまるまって、また不意に棘がでて。不思議でたまらないけれど、何でだろう、喧嘩して顔も見たくないわ。と思うのに次の日には見てしまう…何故か飽きはこないことが、面白い。いくつになっても小競り合いしている自分達が一周回って愛おしい。

どうして喧嘩するんだろうね。と主人に尋ねたら、お互いに大切なことが増えたからだよ。と言ってくれた。二人だけの世界だったらどうだったかはわからない。けれどそこに子が生まれ、生業があり、人が行き交う。

私はこうしたい、俺はこう思う。を擦り合わせても離れずに解決する道を見出していくのは、私たちだからできること。その解決する道筋の中で互いを想い合うことを諦めてない。親子は生まれた瞬間から家族だけれど、横のつながりの夫婦はそもそも赤の他人。沢山の荒波を越え、互いに想い、譲り合ってようやく家族になってきたことをしみじみ感じた夜だった。

土螢を初めて四年目。旅人の愛する人を受け入れることができることの幸せをしみじみ感じた。喧嘩の話を取り上げてしまったけれど、夫婦として家族になる過程を思い出すと、楽しかった思い出もさることながら、ともに隣で支え合う時間の方が印象深かったりする。だから、私にとっての喧嘩とは、華やかなライフワークだったりするのかもしれない。

これからどんどん沢山の旅人たちの人生を見ていくのだろうという覚悟も、今回のことで湧いて出てきた。夫婦、家族、出産、親子、友人、恋人。いろんな、関係性がある中で、共に過ごすことを思い出にできるこの生業が、価値のあるひとときを刻んでいること。

そしていつもこの場所が誰かにとっての真ん中であること。良いも悪いもあってよくて、ど真ん中であるということが凄く心地よかった。

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